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旅の記事 (1/1)

軍艦島(長崎県)へ

 軍艦島へ行ってきました。
選んだ渡し船は
軍艦島上陸クルーズ
いろいろ上陸船はあったのですが、
ここを選んだのは高島という島に立ち寄るからです。
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 長崎港を出港して結構走りました。
高島という島で資料館を見学し、
軍艦島へ向かいました。
この高島には、
訪れてみたかった施設があります。
日本で唯一の磯釣り公園です。
高島飛島磯釣公園

 高島で模型での軍艦島の概要の説明がありました。
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説明の後、磯釣公園の方へ向かおうとすると、
船のクルーの方に止められました。
遠くて船の時間に間に合わないそうです。
すると、向こうからふたり連れの磯釣り師が
カートをひいて現れました。
「どないですか?釣れましたか?」
私は思わず尋ねました。
「今日は全然だめだった」
ひとりの方が答えてくれました。
「何が釣れますの?」
尋ねると、
「40から50のグレ」
と答えてくれました。
こちらではグレのことを「クロ」と
呼ぶはずですが、
関西弁の私に気を使って、
「グレ」といってくれたのでしょうか。

 船は高島を出港しました。
船から磯釣公園が眺められました。
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大がかりな施設です。
帰ってからこちらの釣果ブログを見ましたが、
今はたいして釣れていないようです。

 船は軍艦島に近づきます。
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 堤防の外側のテラスのようなところに
渡船が渡してくれて、
磯釣りができるそうです。
テレビで見たことがあります。
その姿が見たくて、探していました。
ところがだれ一人いませんでした。
波が高めで白波がすこし立っていました。
ところが、ガイドさんに言わせると
今日はこれでもなぎに近いそうです。
そうすると、
渡れる日なんてかなり限られるのでしょう。

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 軍艦島を一周してから着岸しました。
入口です。
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 いよいよ上陸です。
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廃墟ですね。
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この真中の階段を上がって、
左へ行くとダンスホールがあるそうです。
入れなかったのですが、
今もダンスホールの雰囲気はかなり残っているようです。

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ここはプールです。
白い破線のタイルが残っています。
生活水準は当時としてはかなり高かったようです。
戦中から国策として生活が優遇されていたとのこと。
エネルギー産業はいつの時代も
国からは、優遇されるんですね。

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ここ「NO.2」ポイントのガイドが印象的でした。
詳しくは書きません。
ガイドさんの話は非常に分かりやすく、
且つ、高尚で知的で写実性もあり、
叙事詩的でもありました。

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この階段の話は印象的でした。

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正面の横長の空洞の奥は大浴場です。
ここの話も心に残ります。

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手積み石の堤防。
さすがに私もガイドさんの話を聞く前から、
気付いていました。

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大きなモーター(電動機)が野ざらしになって
朽ち果てていました。

 見学できるのは、
ほんの一部だけです。
いろいろと危ない場所が多くて、
クルーの方がたはお客が事故に会わないよう
最大の注意を払っておられました。

 初めて訪れた長崎。
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文明開化のさきがけをあちこちで
見せてもらえました。
毎日、大きな船が入れ替わり立ち替わり
中国から来航するそうです。
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なんとなくオカルトチックな空気を感じたのは
私だけだったのでしょうか。
長崎は異次元の街でした。

「釣りびとの別荘」で釣り2017.8.7と8

 京都府宮津市に、
ヴィラ ペスカドール(釣りびとの別荘)
という貸別荘があって、
5月から予約していました。

 久々の家族旅行。
子どもからバーベキューをしてみたい。
出来たら、海で釣った魚を焼いたりして食べたい。
というリクエストがあり、
そういうところを探していました。
子どもはふたりとも高校生となり、
もうこんな機会はないかもしれません。

 台風五号が接近する中、
大阪から2時間半で宮津へ到着しました。
14時にチェックイン。
目の前に天橋立、別荘はプール付き。
テラスがあって、釣りやバーべキューが出来ます。
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 雨が降っていますが子どもはプール。
私は合羽を着て、釣りの段取りです。

 息子のS之助が海に入って、水深を調べてくれました。
水深は1.5~2m。
魚は見当たらないということです。
早速ウキフカセ釣りの準備です。

竿: シマノ ラディックス 磯 (RADIX ISO) 1.2号-530
リール: シマノ レアニウムCI4+2500
道糸2号 ハリス1.5号 鈎:グレ針5号
ハリスを3ヒロとって、道糸に三原結びで直結しました。
ウキはハリスに入れました。
飛ばしウキとして、キザクラZENSOH QURURIのMのBをフリーにして、
キザクラのあたりウキをウキした1ヒロで固定にしました。

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 撒き餌はボイル半切れとアミエビ半切れです。
刺しえはコーティング生オキアミのL。

 15時プールで泳ぐ子どもを横目に第一投です。
撒き餌で魚が寄ってくるという確信がありました。
いきなり釣れたのはチャリコ7センチ。
撒き餌を撒くと海面に泡が浮いてきます。
魚がいます。
三投目だったでしょうか。
いきなりあたりウキと飛ばしウキが消し込みました。
あわすと、けっこう引きます。
やりとりして、浮かすと結構な大きさのチヌでした。
43センチありました。
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これは盛りあがりました。

 こんな魚をを釣ると、
子どもがやりたいと言うのも無理はありません。
私が餌付けしたり、撒き餌を撒きながら、
S之助とY子が釣りました。
しかしなかなかうまく釣れません。
S之助はクサフグ。
Y子は結構な引きのばらしが2回。
うち一回は切られました。
これらはおそらくチヌです。
嫁はんも雨の中、出てきて釣りました。
大きなクサフグが1匹でした。
3人ともウキフカセ釣りの面白さが
少しは分かってもらえたでしょう。

 バーベキューを準備をするというので
3人はキッチンへ行きました。
この後は私が釣りました。
台風が来る直前で、活性が高かったのでしょうか。
この後、チヌを2匹釣りました。
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2匹とも32センチ。

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 43センチのチヌは三枚おろしにして、
キッチンでフライにしました。
32センチのチヌ2匹は、
腹わたえらうろこを取って、
塩、こしょう、ローズマリーを振って、
バーベキューの炭火で焼きました。

 バーベキューがあまりにせわしなく、
チヌの味をゆっくり味わうというわけにはいきませんでした。
美味しかったと家族は言ってくれました。

台風が接近する中、夜はまた泳いでいました。
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子どもが、です。
少し酔っていた私も、
風呂を追いだきにして、温めたあと、
○○で泳ぎました。
魚になったつもりで。

 翌朝、雨降りの合間に竿を出してみました。
キス、チャリコが釣れた後、
大きなあたり、1分ほど格闘しましたが、
切られました。
これはチヌなら50オーバーだったのでは。
これで納竿としました。

井内浦(いちうら)を訪ねてみた

 一度、訪れて見たかった、
三重県熊野市にある井内浦に来てみました。
熊野の渡船区は二つの半島で構成され、
その半島に挟まれた湾が井内浦なのです。
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 ここは小さな湾というか大きな入江で、
誰も住んでいません。
公園と、ダイビング用の建物だけがあります。
ここは昭和四十年代に、
中部電力熊野原子力発電所が
計画されたところで、
ググればたくさん出てくるのですが、
地元で賛成反対の闘いがあって、
結局、反対派が勝利し、
原子力発電所は建設されませんでした。
東南海地震の被害が想定されるこの場所で、
もし、建設されていたら、
今頃、再稼働させてオネガイとかいっていたのでしょうか。
本当に、日本という国は懲りない国だと思います。

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海岸はゴロタ浜です。
ゴロタに入れないよう、
擁壁のような長い堤防で囲われています。
降りる手段、設備がありません。
明らかに浜に侵入されることを拒んでいます。
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釣りもできません。
もし、自分が当時の熊野市民で、
原発建設に賛成か反対か迫られたら、
やっぱり反対したでしょう。
しかし、私も商売人ですから、
目の前に、大金を積まれたら、
どう転んでいたか、分かりません。
転ぶなら三千万より上くらいでしょうか
「これで楽になる」
と、賛成していたかもしれません。
お金というのは本当に怖いものだと思います。
熊野の人々はよくぞこの自然を守っていただきました。
原発が建設されていたなら、
私も釣りに訪れることもなかったでしょう。
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公園があって、ステージもありました。
誰もいない公園。
売れない漫才師がステージで練習するのに
最適なのではと思いました。

井内浦への侵入道路の途中、
興味深い看板を目にしました。
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「磯釣り注意」
磯釣りするなら注意してやってくださいという
意味なのでしょうか。
5台ほど車が駐車されていました。
「名古屋」「なにわ」「岐阜」のナンバー。
私も車を置いて入ってみました。

つきあたりは小さな駐車場です。
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磯図があります。
この駐車場から歩いて地磯へ行くのでしょうか。
奥へ歩くと、また看板です。
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亡くなった方がおられるのでしょう。

この先はクモの巣があって、
人が通った形跡がありません。
ふと、途中にあった分岐点を思い出しました。
ここです。赤いリボンの目印。
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この細い道は足跡がありました。
駐車していた車の主はこの細い獣道を
重い荷物を背負って、磯へ降りて行ったのでしょう。
それにしても磯までかなり距離があります。
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俺には絶対無理。
渡船料金が安く思えます。

春を求め、鳥羽の街をさまよう

 翌日に鳥羽で釣り大会があるので、
車中泊するつもりでしたが、9時出船と聞いて、
その気持ちも萎え、
宿をとって前泊することにしました。
 
 予約したのは「錦浦館」という古い観光ホテル。
17時に大阪を出発し、名神新名神伊勢道を爆走して2時間半で
到着してしまいました。
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昭和三十年代に建てられたというホテルは
古くても丁寧に清掃、手入れされた建物でした。
晩飯をどこで食べようかと、調べていると、
このホテルの西側に、ディープでアングラな地帯がかつてあったと知り、
散策してみることにしました。

 かつて鳥羽にも「国際秘宝館」があったらしい。
20数年前に別府の「国際秘宝館」を訪れたことがあります。
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廃墟でした。
かつて観光地として栄えた痕跡です。
 
 奥へ散策してみます。
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 さびれた街です。人がいません。
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 どこも営業していないスナックビル。
今日は金曜日です。
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レトロな看板がありました。
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企画っぽい臭いがぷんぷんです。

 ありました。ここです。
遊郭です。営業はしていません。
地元の団体が「200万円」かけて、表の外観だけ修繕したらしい。
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大昔、男たちが「春」を求めてこの路地をさまよったのでしょう。
今は色気も猥褻さも何も感じません。

夕食は中華料理屋さんでいただきました。
観光スポットにするべく、いろいろ取り組んで
いるのは分かりますがすべて中途半端ですね。
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むなしさのみが残る散策でした。

東京

 仕事の野暮用で、東京に行きました。
千円がただになるという、展示会に招待されて。
大した収穫もなく、東京ビックサイトをあとにして、
ゆりかもめの駅まで来ると、潮の香りがしました。
東京湾は釣りのメッカ。
しかし、釣り人は見かけませんでした。

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 わざわざ東京に来たのは、別の目的もありました。
放射線量を計測すること。
私は原子力発電所は無くすべきだと考えています。
大変なことになった福島もなんとか終息させて欲しいと願っています。
福島に近く、放射線量が高いと反原発サイトに書かれる東京は
実際どうなのか、知りたかったのです。

↓ゆりかもめ「国際展示場正門駅」【0.06μSv】
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 同日朝の伊丹空港で【0.05μSv】でした。この二日間で有明、銀座、築地で測った計測値は
0.02~0.07μSvの範囲内でした。
 大阪は0.05~0.1μSvですから、大阪と同等というか、大阪より低めだといえます。
 
 東京のことはずいぶんと心配していました。自分の子どもが東京で学業したい、就職したいと、
言い出したら、どう答えるべきか分かりませんでした。
大丈夫なんでしょう東京は。
そりゃ日本の偉い人は皆、ここに住んでいるわけですから。

 しかし、それでも原子力発電所は本当にやめてほしいです。
いまだに再稼働とか言っているようですが、狂気の沙汰です。
お金より人の命が大事なんです。
命をはぐくむ自然を放射能で汚染することはやめてください。

三重県や和歌山県ではかつて、多くの原発設置計画があって、国や電力会社が
20年以上かけて、札束を積み上げ、地元を説得していました。
しかし、すべて失敗し、ことごとく白紙撤回されました。
だから、こうして豊かな自然環境が守られているのです。
だから、私も安心して、釣りができる。

夜はもう一つの目的、歌舞伎座で観劇しました。
菊之助と海老蔵、菊之助の息子をみました。
富司 純子までみました。
東京はすごいところです。

【使用した測定器】

堀場 環境放射線モニター(シンチレーション式) PA1000


【玉三郎と菊之助】

歌舞伎名作撰 京鹿子娘二人道成寺 ~道行より鐘入りまで~ [DVD]